貧乏と病と素質と幸運と環境の表題の5点はについて考えてみた。
表題、及び以下の病とは、心身的疲れや病(病前、病中、病後の治療中など全ての病がつくものを含める)の意味である。
貧乏は、やりた事ができない。体調や精神的に不具合もがあってもやはり、やりたいことができない。
同じに感じた。
ようは、気晴らしや気分転換が出来ない同士である。が、同士の言葉の意味的に考えると違うようだ。
上記同士の意味合いとは相対する場所に、幸運と素質があるような気がする。
きっと誰もがわかっているが、口にしない。口にすると悲しすぎるからかな…。
いくら練習や勉強をしても、また、スポーツが好きであっても、生まれながらの素質や運(長男は何度か2番目を走っていたが1番が転ぶや靴がめげるなど)のおかげで一等賞と成績を残す者もいる。
これは、素質と幸運との対比なのかもしれないが…。
人は環境によって左右される。
レベルの高い環境にレベルの低いものが組み込まれると、その環境に適用しようとし近いレベルまで達する。
レベルの高いものがレベルの低い環境に組み込まれると、環境に影響され以前の力が発揮できなくなる。
などと哲学的に考えていたら、俺の感受性がわからなくなってしまった。
なんとなく、強引にまとめるとすれば…
まず、環境(生まれた環境等先天性)から貧困や虚弱、もしくはなんらかのアクシデントによる心身への異変や負担により生活が変わるが、努力はある程度の割合しかなく、運と素質で落ちていくものと、昇っていく者がわかれるように思ってしまう今日この頃のおいらです。檻の中で、自由に思い切り走る事が出来ない代わりに、"食"と外敵からの身の保障を受けている動物園のシマウマ…。このシマウマは幸せなの???
どちらが幸せ???
とか、思ってしまうが、大切な人を失いたくないのもオイラの本心。